day by day postscript
日々のあとがき


2002.2.26
フライデーoh!oh!を見に、吉祥寺スターパインズカフェへ行った。
僕の作った歌『ガーベラ』を歌っていた。
絶妙のアレンジだった。紛れもなくフライデーサウンド。
歌ってもらえて、とてもうれしい。身に余る光栄だ。
その後、リハを終えたビスタコに遭遇。
一緒にお茶しました。
更にその後、南青山でライブを終え、下北沢に移動した旭荘201集団に合流して
オープン居酒屋にて炭で暖をとり、夜を明かした。

2002.2.19
僕が幼稚園の頃は、近所の原っぱやドブ川によく巨大糸巻きが転がっていた。
巨大糸巻きの存在は魅力的で、憧れの物体だったが、
何の目的に使われ、なぜそんな所に転がっていたのか、
最近になってふと疑問に思い、考えた。
思うに、当時は電信柱が日増しに建てられていた時期。
電線張り巡らし作業終了後の不要糸巻きが、
業者によって不法投棄されていたと思われる。
ドラえもんやウルトラマンに出てくる土管なども、
同じような事情の元に原っぱに転がっていたのだろう。

今日、そんな見捨てられた巨大糸巻きを近所のコンビニの裏手で発見。
でもおそらく電線ではなく、光通信ケーブルが巻かれていたのだろう。
進歩しているような、いないような。

2002.2.14
凍える日々は去ったとみたのもつかの間、寒波到来の上野で、
東京都助成2002都民芸術フェスティバル参加日本バレエ協会公演『ジゼル』を見た。
かの熊川哲也氏は華麗に舞っていた。

2002.2.2
ちょっと前のニュースで
ブッシュ大統領がプレッチェルをのどに詰まらせて倒れた。と報じられていた。
今日は、輸入食料品店で、そのプレッツェルを購入した。
僕の好物なのです。
誰かがひらがなの『ぬ』のような形。と説明していた。

2002.2.1
フライデーoh!oh!のレコ発ライブを見に、高円寺ショーボートへ行った。
この程、入魂のファーストアルバムが発売された。
須田祐一郎氏とは知り合って、早10年。
塚ちゃんやタコさんもいたネイバースというバンドで歌っているのを見たのが最初。
弟 須田靖彦氏に初めて会ったのは、
忌野清志郎 with MG's の日本武道館ライブを見た帰りの地下鉄の中。
はっきり覚えています。
「NIGHT PACK」発売おめでとうございます。

2002.1.29
バハマのブルースマン ジョセフ・スペンスを、
最近、またレコード棚から引っぱり出して聴いている。
学生だった頃、校内の生協に年に数回、中古レコード屋がレコードを売りに来ていた。
その時にジャケが気に入って買ったのがジョセフ・スペンスとの出会いだ。
ブルースと言っても少しも重たくなくて、至って陽気。
アメリカ南部の片田舎、家の前に置かれた椅子に座り、
日陰で一日中 御機嫌に鼻歌を歌ってる感じだ。
いったい、このおやじ何者? と思っていた。
その後、スライド・ギターの名手 ライ・クーダーに熱中していた時期、
再びジョセフ・スペンスの名前に出くわした。
ライ・クーダーのルーツだという発見に心沸いた。
ある時、ハシケンにそのレコードを貸した。
彼はオリジナルの日本語の詞をつけて、
自分のアルバム『感謝』に「ぴちゃぴちゃ」というタイトルで収録している。
残念なことに、ジョセフ・スペンスは1984年に73歳で亡くなっている。
それはちょうど、僕が初めてあのレコードを手にした頃だ。

2002.1.26
雪の散らつく中、bistaco presents「Talking Loud vo.3」を見に行った。
ライブが終わって外に出る頃には雨に変わっていた。

2002.1.19
深夜のテレビで『小坂忠 & FRIENDS』という音楽番組を見た。
こういう番組をもっとテレビで放送して欲しいと思う。もちろん地上波で。
 "オンエアーして下さい。見たいのはロックショー
  ねぇ ミスター テレビ局のプロデューサー"
と、かの忌野清志郎氏も以前歌っていたな。僕からもお願いします。

2002.1.18
ラジオでタイムカプセルの話をしていた。
"小学校卒業の時に埋めたあのタイムカプセルはどうなったのかな"という内容。
そぅ。僕も同じ事を思っていた。

僕も小学校卒業の時に、15年後に掘り起こすということで、タイムカプセルを埋めた。
埋めた場所には立派な記念碑が建った。
当時は「随分 先のことだな。間違いなく大人になってるな。」と空想してた。
その日を楽しみに、時々は思い出してもいたけど、
気が付くと15年はとっくに過ぎていた。

ある時期、その卒業した小学校のすぐ近くに住んだ。
その頃選挙があって、投票会場となった校内に入る事が出来た。
そこで、気になる記念碑の安否を確認した。
跡形もありませんでした。
どうやら15年後の掘り起こし行事は予定通り実施されたようだ。
僕に何のことわりもなく...
で、僕の埋めたものは誰の手に渡っているのでしょう。
確か、切手を埋めたはずだ。
15年後にはきっと価値が上がっていると見越して。
ほかにも何か埋めたはずだけど忘れてしまった。

2002.1.15
高円寺ペンギンハウスでライブだった。
共演 大久保荘は号室。
お集りの皆様 楽しいひとときをありがとう。

2002.1.8
この程『スーツが100ドルで売れる理由』という著書を出し、
スーツストアやスーツブランド等のイメージソング3曲入りCDをリリースした
松阿彌靖氏のライブを見に、渋谷クアトロへ行った。

2002.1.3
お茶の水へ買い物に行って来た。
マーチン用のピックアップと、モニター用に使えるまともなヘッドホンを購入。
今まで使っていたヘッドホンは、耳に当てる部分のビニールがポロポロ剥がれてくる。
使用後は首の所々にきざみ海苔が貼り付いているようだった。
お正月から お店はとても賑わっている。世の中変わったね。
子供の頃のお正月は、何でもいいから買い物がしたくて、
お年玉をポケットに近所中を自転車で廻るんだけど、
結局、開いている店は文房具屋一軒のみ。
当時その文房具屋を『偉い』と思っていた。

2002.1.2
倉谷兄弟とレディースが遊びに来た。
ピロシキやらブイヤベースやら、次々とひたすら食べ続けた。
夕方、外は雪がちらついていた。
東京でも降ったのかな。うちの辺り限定かな。
男達の伴奏で、レディース3人の歌う『もういいかい』がとても美しかった。

2002.1.1
お正月は毎年、自分と妻の両実家へ年始まわりをする。
と言っても、食い逃げのようなもの。
まず、自転車で5分の僕の実家で、おせちやら、ちらし寿司やら、海老フライやらを
たらふく頂いた。
ひとしきり食べ終わると、車で翌日の来客用の買い出し。
一度荷物を置きに家に戻り、今度は妻の実家へ。
まずは、到着早々 お屠蘇を振る舞われた。
江村家ではこのようなきちんとした儀式がことごとく省かれているのでやや戸惑うが、
それでも最近ではだいぶ馴染みつつある。
ここでも、おせちや、お雑煮や、海老の塩焼きや、
川崎大師の葛餅や、身代不動尊のモナカを頂く。
これでお参りしたも同然。かな。

2001.12.23
我が心の家族 磯野家のホームパーティに招かれた。
鶏の丸焼きがあって、子供達へのクリスマスプレゼントがあって、
心に描く楽しいクリスマスそのものだ。

2001.12.15
寄り道をして、小・中学校の頃1年半住んでいた社宅の前を通った。
ところが、社宅は跡形もなく消えていた。
既に新しい建売り住宅を建設中 . . . 呆然 . . .
野球もできる広い庭は贅沢だったな。
社宅前の広い芝生育成地が、いつしか大型マンションに変わり、
その後、社宅裏の広い畑にもマンションが建ち並んだ。
まさか、社宅まで無くなるとは思ってなかった。
油断していたな。

午後は下北沢にある短編映画館トリウッドで
友達の福島龍治監督の映画
『氷や』/『五百重波』を見た。

2001.12.8
ジョン・レノンの21周忌の今日、
レコード棚から出してきたのは『ライブ・イン・ニューヨーク・シティ』。
続けて『ジョンの魂』。
そのあとはビートルズの『ホワイト・アルバム(通称)』のサイド1をかけた。
「ディア・プルーデンス」に「ハピネス・イズ・ア・ウォーム・ガン」。
いつ聴いても凄い。
そして同じサイド1には亡くなったばかりのジョージ・ハリソンの名曲
「ワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィ−プス」も入っている。

2001.12.4
高円寺の JIROKICHI で、ネタンダーズ ワンマンライブを見た。
広範なジャズフレーズを、奥深い物悲しいブルースなフィーリングで、
荒々しいロックンロール魂いっぱいに弾く七色のギター。
そして、すべてを語っているソウルな声。
素晴らしいです。
僕に人間国宝を選定する権限があるなら、塚本功氏を選ばせていただきます。

2001.12.1
髪を切った。風呂場ではさみでバシバシ切る。
そんな自分散髪歴もかれこれ20年ぐらいになる。
最近は鏡も見ない。
切りたてはその時々で出来不出来があるけど、たいていは1週間で落ち着く。
そして1ヵ月後には最も気に入った状態になる。
そこで止まってくれ。と思う。



ken emura