day by day postscript
日々のあとがき


2001.8.30
レコーディングの打合せの為、西荻窪でリハーサル。
みんなそれぞれにアイデアが豊富だ。

2001.8.28
映画『テルミン』を見た。
ニューヨークの街を歩く老齢となったテルミン博士の純粋な姿が印象的だった。
純粋さは日々を味わい深いものにする。
長い年月によって、人生は愛おしいものになるんだな。
そんな事を思った。

2001.8.21
中心気圧980hpa、最大風速30m/sの大型台風11号接近中の赤坂LOVEで、
一人弾き語りライブ。
暴風域に入るのはまだ先の事ながら、既に激しい雨が降っていた。
そんな悪天候の中、ライブを見に来てくれたみんな、どうもありがとう。

帰りはどしゃぶり。
あまりの雨の激しさに前が見えない車は、車高より高く水しぶきを上げながらの走行。
多摩川の橋を渡り切ると同時に突然雨が止み、いつもと違う鮮明な視界が現われた。
子供の頃に見ていた限りなく澄んだ空気。今でも時々夢の中で見る。
なんとなく視力を悪くしたせいだと思っていたけど、違ったんだな。

今日はいい日だった。みんな、ありがとう。

2001.8.19
ウクレレを買った。ウクレレと言えばハワイ。
魅惑の地ハワイへ行きたいと常々思っている。
でも自分で段取りをするのが苦手なので行ってない。
訪れたのは4年前の1度だけ。
行くまではハワイに興味が無かった。
でも行ってみると、とにかく気持が良い。
清潔だし、安全だし、心からなごめる。
ハワイをとても気に入った。
ハワイに行く人、誘ってくれないかな。と思う日々。

2001.8.16
部屋の片づけの続き。
なかなか片づかないけど、楽しい物が出て来た。
以前、新宿で見た映画『ヘイル・ヘイル・ロックンロール』のチラシ。
チャック・ベリーの愛すべきロックン・ローラーぶりが最高だったな。
スリム・ハーポと書かれたカセットテープをかけたら中身は『灰色とバラ色』だった。
僕が10年前に作った時の推敲中バージョン。
完成バージョンとの違いが面白かった。
前に日記に登場したPS81の同級生ジョーイ・ターディボーノの写真も出て来た。

夜は旭荘201を見に下北沢へ行った。

2001.8.10
昨日の夜から部屋の片づけを始めた。
まず、レコードの整理をする為にカセットテープをどかしていると、
聴きたいカセットテープがたくさん出て来た。
その中からジョニー・ギター・ワトソンのベストを選んで、
それを聴きながらレコードの整理をしていると、
聴きたいレコードがたくさん出て来た。
特にここ暫く捜索中だったRCサクセションの『シングル・マン』の発見は収穫だった。
部屋の片づけはレコードの段階でひと休み。
さっそく今日は『シングル・マン』を聴いていた。

2001.8.8
まっちゃんのイベント『みんなの歌 〜めがねの日〜』を見た。
愛の伝道師と名乗る男がいて驚いた。
看板に偽り無し。

2001.8.7
今日は、フライデー oh!oh!御用達の Soul Ground Studio に集い、
レコーディングの続きをした。
親愛なるくらごんの弾くギタレレは、親愛なるくらごん節。

2001.8.4
フライデー oh!oh!、デキシータンタス を見に、渋谷 ON AIR WEST へ行った。
円山町のビルの谷間を歩くと、所々にぽっかりと空き地がある。
ひとつの草むらに猫が5匹いた。
家族連れと思われる彼等は、特に僕を気にする様子も無かったが、
この光景から、以前に見た猫の集会を思い出した。

深夜、散歩途中の駐車場に、十匹以上の猫が集まっていた。
お互い微妙な距離でただ黙って座っている。
眠ったり、ごろごろ言っている猫は1匹もいない。
そして猫たちは僕の存在に気付き、部外者に対する警戒の視線を僕に浴びせた。
猿の惑星に降り立った宇宙飛行士テイラーの気分を味わった。

2001.8.1
連日、友人達から借りているレコード、CD等をカセットテープにダビングしている。
僕は安く売っているカセットテープをみつけると、家にストックがあるにも関わらず、
とにかく何本か買う。
テープだけでなく、カセットデッキ、とりわけラジカセも気になる。
但し、CDラジカセにはあまり魅力を感じない。
ラジカセのボタンをグイッと押す。
ノイズと共に音楽が流れ出る。
レコードに針を下ろす時の、あの感覚と似てる。
今や文字どおり前世紀の遺物と化しつつあるカセットテープ。
君に未来はあるのか?

2001.7.25
MMマッシュルームとライムスを見に、吉祥寺へ行った。
行く途中、仙川の商店街で楽しいおもちゃ屋を発見した。
店の外の、通りに面した2〜3メートルの壁いっぱいに、
箱に入ったおもちゃが無秩序に山積みされていた。
昼過ぎに大雨が降った時はいったいどうしていたのかな。と思いながらも、
そのごちゃごちゃぶりに心が弾んだ。
近所の子供達は、大人になってもこのおもちゃ屋を忘れずにいるのではないかと思う。

僕は幼稚園時代、東横線元住吉にある社宅に住んでいた。
社宅から駅に向かう細い路地を抜けると商店街に出る。
その正面に家具屋があった。
小学校入学間近の僕は、その店先に並ぶ勉強机が気になって仕方がなかった。
通る度に母に『欲しい』と訴えていた。
ところが4月には、我が家は転勤でアメリカに行くことが決まっていた。
アメリカがどんなに遠いかなんて、僕には知る由もなかったけど、
買ってもらえないんだ。ということはわかった。
それでも駅までの道、
もぅ少し行くと正面にあの勉強机があるんだ。と、ワクワクしながら
細い路地で少し駆け足になったのを覚えている。

2001.7.16
赤坂へ行く途中、祐天寺駅前で、
祭りのちょうちんの下を浴衣姿の人々がそぞろ歩く夏らしい光景に出くわした。
赤坂へは、犬スターヅのライブを見に行った。
この日は犬スターヅ企画の犬祭りだった。
僕も犬が大好きだ。

2001.7.14
今日も江村ハウスにて、塚ちゃん、やっちゃんと共にレコーディングの続きをした。
『職なしブルース』のギターパートと『太陽に乾杯』の塚田リズムギターを録り終え、
その後、江村スライドギターをいろいろと試した。が、しっくりこなかった。
昼過ぎから始めたレコーディングも気付けば既に午前2時。
今日のところはこれにて終了。
楽しくて、時間が経つのがとても早い。

2001.7.9
エンジニアに須田靖彦を迎え、
『太陽に乾杯』『職なしブルース』のレコーディングを始めた。
今日は2曲の仮ギター、仮歌を録った。

2001.7.8
赤坂へ、ネタンダーズを見に行った。
塚本功氏は素晴らしい。

2001.7.7
七夕の夜、須田祐一郎氏、倉谷和宏氏と、第1回ソングライター会合をした。
お互いをより理解する事の出来た会となった。
その後、須田祐一郎宅を訪問した。
すべてにおいて全く無駄なく整理された、ストイックな部屋の様子に感服。
手塚治虫全集、野坂昭如コレクションを惚れ惚れと眺めさせてもらった。

2001.7.5
今日は須田祐一郎氏から借りている三島由紀夫著『宴のあと』を読みながら、
タジ・マハールの『ザ・リアル・シング』という1971年ライブアルバムを聴いていた。
ドラム、ベース、エレキギター、ピアノに加えて、チューバ奏者4人による異色のホーンセクション。
そこに乗るタジ・マハールの歌声の心地よさ、音の味わい深さに浸っていた。
以前、ロバート・グリニッジというスティール・ドラム奏者と二人きりの演奏を見たことがある。それも素晴らしかった。
このアルバムの4人チューバ編成も間近で見てみたい。

2001.7.2
レイ・ブラッドべリの「たんぽぽのお酒」を読んだ。
ニューヨーク・ブロンクスでの少年時代を思い出す。

11歳の春。あと1週間もしないうちに、5年間過ごしたアメリカを離れて、
僕は日本へ帰ることになっていた。学校も、もぅ行かなくなっていた。
その時期を僕は日本人の友達『あきら君』と遊んで過ごした。
僕とあきら君が近所を歩いていると、
『ジョーイ』という、とても仲の良かった友達が野球をしているところに出くわした。
ジョーイは僕に仲間に入らないかと誘ってくれた。
あきら君はジョーイと知り合いではなかった。
僕はそれを理由にジョーイの誘いを断った。
本当は、もぅこの先二度と会えないかも知れないジョーイと、
これ以上親しくするのが怖かったんだ。
その時の僕にはわからなかったけど、今の僕にはわかる。
僕に断られたジョーイはがっかりしていた。いや、それを通り越して怒っていた。
それがジョーイに会った最後だ。
彼はまだ僕の事を覚えていてくれているのだろうか。
『ジョーイ・ターディボーノ』というイタリア系アメリカ人を誰か知らない?
僕はあの日の事を謝りたい。

「たんぽぽのお酒」の中にとても良く似た場面がある。

2001.6.28
赤坂LOVEへ、くらごんとカツヲのアコースティックユニットを見に行った。
ユニット名は『大久保荘は号室』。
朝までみんなと過ごし、その後、モーニングセットを食べて帰った。

2001.6.26
江村健バンドでライブをした。
今回は、定番メンバー 塚田直、飯田彰に加えて、
ジャンゴの川口マサキ、FLYDAY oh!oh!の真崎洋輔 という布陣。
楽しかった。
マナちゃんが『M犬バンド』と命名。気に入っている。

2001.6.23
26日のリハーサルで、西荻窪のスタジオへ行った。
西荻窪はアンティークショップが点在している町。
早めに着いたので、駅付近を探索することにした。
つまりレコード屋巡りだ。
5分程歩き、さっそくレコスケ君の立ち寄りそうな店を発見。
じっくり物色していると、リハの時間がきてしまった。
結局この店1軒しか見てないや。
熱いリハを終え、塚田直と共に Soul Ground Studio へ。
須田靖彦を交えて次の展開を策謀した。

家に帰ると『西荻窪 アンティークマップ』なるものが我が家にあることを思い出し、
それを眺めながら、西荻窪レコード屋巡りの続きを策謀した。

2001.6.22
今日は何も特別な事はない。
ただの一日だった。
妻と買い物に出掛けたりもしたが、買った物もごく日常の物だけだ。
二人でふざけたり、話し込んだりして、こんな平日が過ぎてゆく。

2001.6.20
倉谷和宏 弾き語りライブを見に、渋谷 7th floorへ行った。
ビルの7階から見る渋谷はいつもと違って見えた。
終わって、岡山出身のおやじさんの店で打ち上げ。
偶然にも動物占いの『コアラ』が5人横並びに座っている事に気付いた。
確率で言うと 12の5乗分の1 つまり 248832分の1 だ。
その後、未明に下北沢の町を散歩した。
ひとけの無い下北沢もいつもと違う感じがした。
一番街の先の、5m四方程度の小さな空地を『公園』と言い張る公園で
小雨の中、夜明けまで缶ジュース片手に過ごした。
ティーンエイジャーだった頃のようだな。

2001.6.17
朝9時から団地の草刈りをした。いよいよ夏だ。
小さな虫たちをたくさん見かけた。
まだ生まれて間もないちびカマキリは相当かわいい。
子供の頃は昆虫採集が人生最大の関心事だった。
幼稚園の芋掘りの時に、一人でビニール袋に虫を捕まえていた。芋掘りはせずに。
動物園に遠足に行った時には、サルの檻の近くにいる虫を捕まえようとして、
サルに引っ掻かれた。ビビった。
ある冬の日。熱を出して学校を休んでいた。
その日、家には冬の草原で見つけたカマキリの卵が瓶の中にあった。
ふと見ると、まだ春には日があるというのにカマキリたちが孵化を始めている。
暖かい暖房のきいた家の中で早めに産まれたらしい。
僕は具合が悪い事も忘れて、大喜びで瓶の蓋を開けると、
何十匹という数のちびカマキリたちが一斉に瓶から飛び出した。
一瞬慌てたが、全員が暖房に向かって一直線にちょこちょこと歩いていく。
再び瓶に戻すのは容易いことだった。単純な連中だ。
草刈りの中、慌てて逃げるちびカマキリを見て思い出した、
学校を休んで家で過ごしていたあの冬の日のこと。









ken emura